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札幌地方裁判所 昭和43年(ワ)930号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 入江五郎

同訴訟復代理人弁護士 中川博宣

被告 乙山雪子

右訴訟代理人弁護士 江沢正良

主文

一  被告は原告に対し金二三万二〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年七月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中原告に生じた費用はこれを二分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とし、被告に生じた費用は被告の負担とする。

四  この判決の主文一項は原告において金五万円の担保をたてることを条件として仮に執行できる。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

被告は原告に対し金六〇万円およびこれに対する昭和四三年七月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、

訴訟費用は被告の負担とする、

との判決および仮執行の宣言を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一  原告が昭和四〇年九月訴外Aと婚姻し、昭和四一年七月二三日原告と訴外Aとの間に長男一郎が生まれた事実は当事者間に争いがない。

二  そして≪証拠省略≫を総合すると(ただし後記措信しない部分を除く)、次の事実が認められる。

訴外Aは、原告と結婚後、昭和四一年四月末から株式会社○○組でトレーラー運転手として働くようになったが、同社は岩内郡岩内町に本社、札幌市に事務所を置いていたので、訴外Aは何日置きかに岩内町と札幌市で交互に働くことになり、岩内町で働くときには○○組社長のB方居宅隣の寮で寝泊りをしていた。右B方二階にはBの実妹であり訴外Aより一一才年上の被告(当時三四才)が住んでいたが、訴外Aは、同年六、七月頃、深夜屋根伝いに被告の居室に忍びこみ、被告に情交を求めることが何回かあった。被告はこれを拒否していたが、訴外Aは結婚の意思があると偽わって被告に言い寄った末、遂に被告と肉体関係をもつに至った。その後、被告はAに対し結婚の約束履行を迫ったが、Aは経済力不足を口実に結婚の確約を延引するばかりであった。

昭和四二年四月、被告はAに誘われて当時Aと原告の住居であった札幌市のアパートを訪れ、上りこんでいたところ、留守の予定を急に変更して帰宅した原告に発見され、Aとの関係を問いつめられるという事件があったが、被告はその後もAと関係を断つことなく、Aが同年九月札幌市の○○産業株式会社に勤めを変えてのちもたびたびAあてに呼び出しの電話をかけて関係を続けた。

原告は、右アパートでの顔合わせ以来Aと被告との関係を知り、その後もAの不貞が改まらないので、昭和四二年九月札幌家庭裁判所に夫婦関係調整の申立をし、昭和四三年一月、Aも被告も不貞行為をやめることを誓って調停は終了したが、その後もAの外泊はやまず、収入の一部しか原告に渡さないために原告は生活費にも困り、離婚を決意し、Aの懇願を無視して同年五月札幌家庭裁判所に離婚の調停を申し立て、同年六月一一日、訴外Aが長男一郎を引きとること、Aが原告に対し慰藉料四八万円を支払うことを内容とする離婚の調停成立をみたのである。

以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右に認定したところによると、被告はおそくとも昭和四二年四月にはAに原告等妻子のいることを知ったにもかかわらず、その後もAとの関係を保ち、よって原告とAとの夫婦関係破綻に原因を与えたものであって、被告にはその行為によって原告が被った精神的損害の賠償義務がある。

三  そこで慰藉料の数額について考えるに、前掲各証拠によれば、原告はAとは初婚であって、Aとの婚姻生活を維持するためにAの反省を求め、Aとの絶縁を求めるべく岩内町に被告をたずねたり、家出をし、あるいは家庭裁判所に夫婦関係調整の申立をするなどの努力を払ったが、結局Aとの婚姻生活の将来に見切りをつけるのやむなきに至り、相当の精神的苦痛を被ったことが認められるけれども、一方、前記離婚調停において長男一郎は訴外Aが養育することになり、現にAの許にいること、原告が未だ二九才で再婚の可能性もあること、前記調停でAが支払を約束した慰藉料が四八万円であることその他諸般の事情をあわせて考慮するとき、原告の被った精神的苦痛は金六〇万円をもって慰藉されるのが相当と認められる。

四  被告は、原告が昭和四三年六月二六日訴外Aに対し被告に対する損害賠償請求権を放棄したと主張するけれども、≪証拠省略≫によっては未だかかる事実を認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。のみならず、相手方のある意思表示はその法律関係の当事者である相手方に対してしなければ効力を生じないのが原則であるところ、本件においてこれと異なる結論を認むべき特段の事情もうかがわれないので、被告の主張はそれ自体失当といわなければならない。

五  次に、被告は、原告が原告とA間の離婚調停成立に際してAから慰藉料として四八万円の支払を受けるほかは一切の請求権を放棄したと主張するけれども、≪証拠省略≫によっても原告は訴外Aに対する四八万円を超える損害賠償請求権を放棄したにとどまり、被告に対する損害賠償請求権を放棄したものとは認められない。この点に関する被告の主張は、むしろ、被告は訴外Aとともに原告に対し共同不法行為者として連帯責任を負うから原告の訴外Aに対するその余の債務免除の効力が被告に及ぶというにあると解されるが、共同不法行為者の責任は不真正連帯債務の関係にたつから、共同不法行為者の一人に対してなした債務の一部免除は他の共同不法行為者の責任に消長を及ぼさず、被告の主張は理由がない。

しかしながら、共同不法行為によって生じた損害に対し、共同不法行為者は、その相互間には連帯債務の関係がなくても、被害者の損害を賠償するという客観的な目的に関しては同一の地位にたつから、その一人が損害賠償義務を履行した場合、他の共同不法行為者は被害者が満足を受けた限度において責任を免れるものであるところ、訴外Aが離婚の調停において原告に対し本件離婚に伴う慰藉料として金四八万円の支払を約したこと、この支払義務の履行として訴外Aが原告に対し昭和四五年一一月二〇日までに金三六万八〇〇〇円を支払った事実は当事者間に争いがないから、原告は前認定の慰藉料六〇万円から三六万八〇〇〇円を差し引いた残額二三万二〇〇〇円についてのみ被告に支払を求めうべきものであり、この点に関する被告の抗弁は理由がある。

原告は、本訴で被告に支払を求めているのは訴外Aから賠償を得らるべき損害を除いた残りの損害の賠償であると主張するけれども、原告の被った損害が全体として金六〇万円をもって慰藉されるべきこと前判示のとおりである以上、原告は被告に対して損害の未填補額二三万二〇〇〇円についてしか支払を求め得ない筋合のものである。また、離婚に伴う慰藉料は財産分与および離婚後の生活維持のための扶養料の意味をあわせもつことが少なくないが、本件においては訴外Aにみるべき資産がないため前記四八万円の慰藉料に財産分与の意味が含まれていないことは明らかであり、また離婚原因がAの不貞でしかも右不貞については被告よりもAの方に責められるべき点が多いこと、≪証拠省略≫にみるとおり離婚調停においては右四八万円を慰藉料と明示していることなどからすれば、右四八万円は主として本来の慰藉料の性質を有するものと推認するのが相当である。

六  以上によれば、原告の本訴請求は金二三万二〇〇〇円とこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四三年七月二八日から完済に至るまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でのみ正当であるから、右の限度でこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同一九六条一項をそれぞれ適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

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